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里山の暮らし~薪づくり」を行いました!平成19年5月5日(土)

5月5日(土)に「里山案内人講座・初級編」として、木子集落の鍋淵と兜淵を探検しました。また上世屋の畦付けも行いました。午後からは、ぶー丹に集合して総会を開催しました。今回は、鍋淵探検の参加者から1名、畦付け参加者から2名の感想をいただきました。

 

木子の淵を探検して
京都府立大学 栗山 佳織
 週間天気予報ではぐずつきそうだった5月5日(土)だったが、当日は青空に恵まれた。気持ちの良い五月晴れの中、河嶋さんの案内で、木子集落の山中にある、伝説を残す鍋淵、兜淵に行ってきた。
出発前に、木子は平家村同様、平家伝説が多く残るところというお話を聞いた。木子の学校跡から見える潮霧峠もその昔、木子から塩を買いに行った人が塩を背 負って帰ってくるときに平家の残党に背中の塩を切られたので塩切り峠と言われるようになり、現在の潮霧峠となったそうだ。目的の淵までは、木々の間を歩く ことになったが、植物園や図鑑でしか見たことのない植物との出会いは楽しく、また、落葉樹が多く明るかったので、すがすがしい気分で歩くことができた。道 沿いに現われる植物たちは深町先生によって次々に解説され、一度解説された植物にもう一度出会うと、いきなり復習問題が出されたので、どきどきしながらも 山道を飽きることなく楽しく進むことができた。
谷を下って沢沿いへおり、少し進んだところに目的地の一つ、鍋淵はあった。この淵は、巨大な一枚岩が沢の水によって長い年月をかけて穴を掘られ、巨大なす りばち状になったものだそうだ。昔、ここには神様と仏様が一緒に祀られていたが、良くないことがおこり、これは神様と仏様を一緒にしているからだというこ とで、神様と仏様を沢に流したところ、金の蟻が仏様を沢から引き上げてきたので、鍋淵には仏様を祀るようになったという伝説も聞いた。
鍋淵の次は兜淵に行った。ここは平家の残党が源氏の追っ手を恐れて鎧を淵に沈め隠したという伝説の残る淵で、崖に挟まれた狭く深い淵には何かが隠されていてもおかしくないなと感じさせられた。
淵を回ったあと、春のブナ林も歩く予定だったが時間が足りず行くことができなかった。それは残念だったが、ここにしかない歴史と自然の両方を楽しむことが でき、とても有意義な時間を過ごせた。また参加できる機会があれば、そのときはブナ林にも是非行ってみたいと思う。

 

「あぜつけ」体験
京都府立大学 岡田 加奈子
 今回私は、丹後市の上世屋地区で田植えの準備をしました。現在この地区は過疎化で人手不足となり、棚田を営んでいくことが難しくなっているそうです。
 そこで私たちは、田植えの準備の手伝いとして「あぜつけ」をしました。「あぜつけ」とは、田んぼの淵を泥でコンクリートのように固めていく作業です。最 初にその作業を見本として見せていただいた時には、泥をすくって塗るだけで簡単そうだな、と感じていました。しかし、やはり見るのとやるのとでは大違い。 実際にやってみると、草は思うように刈れない、足は泥に埋もれて自由に動かない、2層になっていると言われた田んぼの泥もどこから下の層だかよくわからな い、農具もうまく使えないといった状態で、簡単そうだと思った自分に恥ずかしくなるほどでした。
そんな様子を見て、棚田のおばあちゃんは「見てられん!」と、大きく曲がった腰でずぼずぼと田んぼに入り、ずっしり重い泥をぺたぺたくっつけ、あっという 間に2メートルほど完成させてしまいました。それはまさにプロの技でした。長年の積み重ねを見せられた瞬間でした。それから私たちもコツをつかんでいき、 少しずつあぜつけに慣れていきましたが、泥は重く、腰も痛く、太陽も照ってかなりの重労働でした。
 田んぼの作業と聞くと、それまで私は単純に田植えしか思いつきませんでした。しかし、お米ができるまでにはあぜつけも含め、たくさんの準備や苦労、努力 が行われていることを実感しました。私たちが生活の中で出会うお米といえば、お茶碗の中であとは食べる    だけのお米がほとんどです。私は、この体験 を通してそのお米にどんな苦労が詰まっているかを考えられるようになり、とてもよい経験だったと感じています。

畦付けを体験して 
京都府立大学 米津 澄子                                 
 5月4~6日にかけて、京都府北部の丹後上世屋地区を見学し様々な体験をすることが出来ました。5日は井之本さんという方にご指導をして頂きながら、田 んぼの畦付けをさせていただきました。田んぼの畦とは、田と田の間に土を盛り上げて境としたものを指しますが、その部分を全て手作業で行うというものでし た。
 まず、鍬で畦のアタマの部分の草を刈り、次に畦のハラの部分の草を刈ります。ここでしっかり草の根まで刈っておかないと、畦に穴が開いてしまうので、注意しなければならないとのことでした。
 草刈りが済むと、田んぼ内の比較的、水と混ざっていない泥を畦のアタマとハラにかぶせるように乗せます。その泥を、鍬を使って滑らかに整えて完成です。
 初めて上世屋の棚田を見たとき、あまりの美しさに驚きました。しかし、この風景を維持するためには、大変な労力が必要なのだということが、畦付けだけでも十分理解することが出来ました。丹後の良さへの憧れだけでは、この美しさを維持することは難しいのだと思います。
 私たちが今まず出来ることは、今回のように普段の生活とは違う動植物や丹後特有のライフスタイルに直接触れ、実感し、理解を深め、さらにそこから一歩踏み込んで、何が出来るかを考えることだと思います。

 

「冬の世屋からの贈り物」を行いました!平成19年2月17日(土)

2月17日(土)に地元で炭焼きを続けておられる藤原昭さんを講師にお招きし、熱くお話していただきました。午後からは、地区公民館と共催で世屋地区をフィールドにした4名の研究発表会を開催しました。今回は2名からイベントの報告をいただきました。

藤原さんのお話と修士研究発表会in上世屋と卒業の報告
京都府立大(卒業)藤井咲紀
 今冬は暖冬のため、残念ながらバイ投げをすることができませんでした。その代わりに、講師である藤原さんの「炭焼き一代記」を聴かせていただくことがで きました。藤原さんは丹後半島の山間の集落に生まれ育ち、幼少期より山での生活をいろいろと身につけられました。バイ投げもそのひとつです。
 25年のサラリーマン生活を経た後、再び山での生活の魅力を思い出し、炭焼きを再開されました。そして炭の商品化に成功されました。炭は、タンスや押入 れの防湿や脱臭用に、あるいは米を炊くときに吸着剤として入れるというように、現代の生活にうまく取り入れられています。藤原さんは、炭のよさを活かし、 手軽に利用できる商品をいろいろと編み出され、ヒットさせられたわけです。そのようなことができたのも、実際に炭を焼き、炭を使って生活した経験や山の生 活で培われた人柄などが基本にあったからではないかと感じました。特に感動したのは炭のパッケージである俵のしつらえです。このようなパッケージングは伝 統的に行われてきたそうで、藤ヅル等の山にある自然の素材を用いて丁寧に作られていました。見た目の美しさもさることながら炭のお郷である山の素材、その 土地の作り方で包装されていることに感動しました。
 さて、この日は下世屋公民館にて、住民のみなさんにむけた修士研究等の発表会も行いました。雨 が降る寒い日でしたが、たくさんの方に集まっていただき、つたないながらも研究の成果を発表することができました。中には調査でお世話になった方々もおら れ、再開を喜ぶ半面、大学での発表とはまた違った緊張感を感じました。思いもよらない質問や意見に冷や汗かいたり、励まされたり…(笑)どうにか無事に終 えることができました。 そして3月23日、無事大学院を卒業いたしました。調査をはじめとし、今までお世話になった皆様、本当にありがとうございまし た。

 

研究発表会を行って
京都大学大学院(卒業) 大岸万里子
 藤原さんのお話に続き、午後から、下世屋の地区公民館で4名が今までの研究の結果を発表しました。NPOの皆さんや、地元の方も多く来てくださいました。
 トップバッターは、京都府立大の大場先生。丹後の民家について、その構造の特徴や魅力、五十河集落の家屋の配置が川の水利用と密接な関係があることなどを丁寧にお話されました。
 2番手は、同じく京都府立大の藤井さん。上世屋地区の柿の景観パターンと地域文化に関して、柿の分布やそれが生活と密接に関連していることや、地域のな かで見られた柿の利用法について話しました。「柿を調査したことが、これからの地域の活性化にどう活かされるのか」というとっても鋭い質問に対しても、 「型にはまった活性化ではなく、これからは地域の個性や特徴を踏まえた上で考えてゆくべきで、生活に根付いた柿の文化の面から焦点を当てた基礎資料として 有効です」という内容のことをきっぱりと回答しました。
 3番手に、私でした。上世屋地区の棚田を保全することの意義、そして棚田保全に向けた現在の関係者の意向と今後の連携について話しました。「棚田を保全 するといわれても、実際にはイノシシの害で困り果てている」という切実な言葉、そしてそれに対するたくさんの頷きをいただきました。棚田をつくり続ける願 望は地元にもありつつも、現実の作業が厳しく、思い通りにはならないという葛藤を大切に受け止めていたつもりでした。しかし地元の方々を前に話している と、私はやはり外部者であり、身をもって理解することは不可能なのだということを痛感しました。「外部者の視点から気づいた魅力や方法というものをもっと 突き詰めてゆきたいので、これからもよろしくお願いします」という言葉で終えました。
 締めは京都府立大の三好先生。川と家屋が近く、多様な水源から水を得てきた上世屋地区と、川と家屋が遠いが、他の水源が乏しいために河川水を灌漑してきた下世屋地区の地形的な違いと、そのために生じる水利用方法の違いを比較形式で示されました。
 終わる頃には外もすっかり暗くなっていましたが、来てくださった方々も、最後まで真剣に聞いてくださいました。
 この発表会を通じ、一貫して感じられたのが、地元の方は「調べられたことが実際の地域において どのように活かされ得るのか」という視点を非常に強く持っていることでした。地域に対して何らかの魅力を感じ、研究をしたり、多様な立場で活動したりして いる私たち。「地域のために」という面と、「各人の(関心の)ために」という面が介在しており、そのバランスのとれた活動が求められていることを痛感しま した。
 本当にありがとうございました。

 

2006年最後のイベント「雪囲い&忘年会」を行いました!平成18年12月2日(土)

今回の報告は、飯尾醸造のHP内のブログ(12月3日掲載記事)をご覧下さい。

「里山の暮らし~薪づくり」を行いました!平成18年11月4日(土)

薪づくりは、里山の冬支度にかかせない大切な仕事です。今回は2名からイベントの報告をいただきました。

里山の薪作り体験
前野庄作
11月4日(土)に秋晴れの上世屋で薪作りを体験しました。昔は農家で燃料として使った薪も今ではあまり作られず、暖をとるのに使う程度とのことです。
指導をお願いしていた、小川竹男さんの案内で「大四手の碑」のある村山に到着。そこは「ナラ」や「シデ」の木が笹の中に点在する林でした。その中から安全 に作業できる「シデ」の木を選び周辺の笹など下草刈りをして伐採しました。方向を定めて倒し、枝は芝木にする為に集めて適当な束にして、「ネジ木」で2ヶ 所縛り出来上がりです。
「ネジ木」は細い木を曲げ、繊維を柔らかくして使いました。この様に身近な自然の材料をうまく利 用する知恵には感心します。一方丸太は上世屋へ運び、さらに3分割し薪割りです。丸太がうまく割れた時は気分壮快で、まさにストレス解消です。しかし枝分 かれした丸太の場合は「カナヤ」(鉄の楔)を「カケヤ」で打ち込まないと割れず、苦戦しながらやっと割れた時には拍手と歓声が湧き、楽しい一日でした。自 然と共に生きる暮らしの中に、私達が忘れていた自然の豊かさへの感謝の気持を思い出させてくれました。


薪づくりを体験して
京都大学大学院 松島洋介
この日は、薪づくりということで、地元上世屋に在住の小川竹男さんを講師に迎えて、まず集落から少し離れたところにある雑木林まで移動し、木の伐採から始 めました。今日はこの林にある木のうち、2本を薪用に伐るとのことでした。薪には、適する木とそうでない木があると小川さんはおっしゃいました。クリや針 葉樹、ネムノキは薪には適さないみたいです。逆にナラ類やクヌギ、シデなどは適しているそうです。この日は、イヌシデを伐りました。
最初に周囲の下草を刈り、それから伐採を開始しました。一本はチェーンソーで、もう一本はのこぎりを使って伐りました。始めに受け口をつくり、それから追い口を切って意図した方向に倒すとのことでしたが、のこぎりでの作業は途中で何度も刃が止まりとても大変な作業でした。
やっとの思いで切り倒した木は、まず枝を切りとり、それから運搬のために幹を1m強ぐらいの長さに切り分けました。枝の方は、使いやすい長さに切った後、 ネジキを使って束ねました(ネジキは通称名だそうで、実際には林にあったガマズミやツノハシバミを使いました)。これはおどろと言って、乾燥したあと芝木 として利用するそうです。
切り分けた木はぶーたんに持ち帰り、そこで今度は割り木づくりを行いました。まず切り分けた木を薪割りが出来る長さにさらに切り、それから薪割りを行いま した。初めての薪割り、とっても難しかったです…自分としては、斧(ヨキというらしい)を使ってテンポよく割っていく姿を想定していたのですが…斧の振り 上げが弱いと力不足で割れず、上まで振り上げるとバランスを崩して上手く芯にあたりませんでした。それでも次第にコツが分かってきました。変に力まずに しっかり芯に当てれば、意外にあっさりと割れました。中には節がついてて割れにくいものもあって、そういう丸太に対しては、カナヤというくさびのようなも のを打ち込み、それをカケヤという木槌でたたくという方法で割りました。そうして出来た割り木は1年ぐらい乾燥させた後、薪として利用するそうです。
薪づくり、思ってたよりもずっと大変な作業でしたが、作業を通して見えてくることも色々とありました。まず、薪づくりを通して木のことをより深く知ること が出来たような気がします。どの木が薪として使えるのか、あるいは割り易い、割りにくいなど、使うことを前提にして木と関わることで単に林を眺める時とは また違ったものが見えた気がします。さらには木を伐った林がどうなるのかなど、薪を使い続けることで見えてくることもあるような気がしました。あと、資源 利用という点では、自分がどれだけのエネルギーを使ったかを、身近な林の変化という形で実感として理解できるということは石油やガスといったエネルギーに 頼っている今の僕たちに大切なものなのかなと思いました。
P.S. 薪づくりのあとには、蓮根掘りもしました。足が蓮田から抜けなくなったり、腕も肩ぐらいまで深く突っ込まないといい蓮根がとれないなど、こちらも予想以上 に大変な作業でしたが、宝探しみたいで大きな蓮根を見つけたときの感動はひとしおでした。採った蓮根はおいしく頂きました♪


棚田サミットに参加しました!平成18年10月6日(金)~7日(土)

10月6日(金)・7日(土)、宮崎県で「棚田サミット」が開催されました。里山ネットワークからは、深町、奥、大岸、坂野の4名が参加しました。大岸さんによるサミットの参加報告です。

なぜ棚田を守るのでしょう?
京都大学大学院 大岸万里子
昨年は、本当に多くの方にお世話になりながら世屋で生活をさせていただきました。そして、背景としてもこの地域の生活と強く関わっている「棚田」を維持するには、ということを修士論文のテーマとして取り組むことにしました。
しかし実に恥ずかしながら常に頭にもたげていたのが「なぜ(外部からわざわざ)棚田を守るのか」。いいものだからという感覚を超える根拠は何なのか。よく 挙げられるのが「国土保全・水源涵養・生物多様性・環境教育の場」等の多面的機能、また地域で生活を維持するために不可欠(さらにうまくいけば活性化の源 につながる)という根拠があります。私の中では後者が強かったのですが、様々な立場の思惑に触れて考えるほど、わかったつもりでいても混乱してきたのが本 音でした。
そこで今回、棚田保全に関わっている全国の支援団体や市町村・農家の方々と交流できる「棚田サミット」という場があると知り、勉強をしたいとはるばる宮崎まで参加してきました。
前夜祭では「里山ネットワーク世屋」のテーブルを用意していただき、千葉県鴨川市大山のオーナーとして移住した女性や高知県梼原町で活動を立ち上げた男性 とお話しました。その方の「梼原(上勝)は有名になったが、最終的に成功というわけではない。そこでどんな人が何を目指して行動しているかが大切。想いの ある人のところには人が集まってくる。梼原もそうして立ち上がってきたし、これからも活動したい」という言葉が、ずんときました。
基調講演やパネルディスカッションでも、支援団体や自治体の取り組み、今後の展望について話し合われました。その中で見えてきたのが、政治的なものも含 め、各地の状況や目標像に応じて無理をせずに取り組んでいくことが重要ということでした。(何も、エライ方のおっしゃることが総てではないのです)
最終日の現地の棚田散策。そこで小学生の唄や劇を見せてもらい、思わず泣いてしまいました。純粋に「ふるさと」が好きで、「ふるさとの」棚田が好き。だから守っていきたい、勉強したい。そのような姿勢がありました。
「棚田を守る」というのは、いろんな面を含めて「地域を守る」ということにつながっていくと改めて痛感しました。まだまだ、勉強しながら考えてゆきたいで す。またそのために「里山ネットワーク世屋」としてもどのような地域像を目指して活動してゆくのか。各メンバーが何を考えているのか。この辺りでじっくり と話し合う場が必要であるとも感じています。


「棚田の稲刈り&集落のお手伝い」を行いました!平成18年9月30日(土)

秋晴れのもと、午前中に飯尾醸造さんの田んぼの稲刈り、午後には上世屋集落の草刈りのお手伝いをして、参加者一同心地よい汗を流しました。以下は、毎回宝塚から熱心に参加してくださる生駒一家の栄子さんと、京都府立大学の馬場美雨さんによるイベントの感想です。

棚田の稲刈り 生駒栄子
お天気にも恵まれた、棚田の一日でした。去る5月28日に田植えをし、4ヶ月の間に自然の恵みを全身で受け成長した稲がしっかりと大地に根を下ろして、 待っていました。幼い頃から目に焼き付いた光景の中に自分が包み込まれているという、不思議な安心感に似た感覚は言葉にするのが難しいと思いながら、一 株、一株丁寧に刈り取りました。大きい株や、小さい株は田植えの時の、あの頼り無げな3本程の幼い苗だったのかと、しみじみ手の平で感じました。感慨深い 思いで、穂先を踏まない様に、刈り残しが無い様にと優しい気持ちになりました。自然の中での農作業は通常使っていない視覚や聴覚、触覚、臭覚などが総動員 する様な感じでした。必ず来年は、子ども達と一緒に参加させて頂きたいと思いました。言葉では伝えられない大切な事が、沢山有る事を一緒に感じて欲しいと 思います。また、子供の頃には沢山見かけていた、今では珍しい昆虫が、鎌で刈り取る度に飛び出して来る様子も何とも楽しくて、気が付いたら作業が終わって いました。私の生家である愛媛県では、稲木(いなぎ)と呼んでいた、はさ掛けも体験させて頂き遠い記憶の稲の香りさえ蘇る様でした。地元の方が、その日に 脱穀された話をして下さいました。袋積みされた稲の横には、牛の飼葉用の藁が型よく山積みされていました。子供の頃、高く積まれた藁の上に登るのが楽しみ でした。また子供達の声が収穫の田や畑から聞ける日がそう遠くない様な気がするのは、私だけでしょうか。昭和30年代の農業だと説明して下さった飯尾醸造 の社長様のお話を思い出し、色々な意味で“収穫”には、文字通りの産物が有ったのだと改めて知りました。身をもって経験して初めて知る豊かな時間を与えて 下さった関係者の皆様に心より御礼を申し上げます。有り難うございました。


京都府立大学  馬場美雨
首にはタオル、足元は長靴、手には鎌、そして腰にわらをくくりつければ気分はもう稲刈り!!鎌で稲を刈っていく「ザッ、ザッ」という感触はすごく心地よく それだけをずっとしていたい衝動にかられましたが、刈ったら束ねなければいけません。どうにもこの作業が大変で腰に巻きつけたわらの束から3本ほど抜き取 り、それをよじって稲の束に巻きつけ、その先をまとめてねじりはさみ込むという文章ではなんとも説明しがたいことをするのですが、結ぶことなしにねじって はさむという簡単な工程でしっかりとした稲の束を作らなくてはいけません。全て刈り終えるころには、刈るのに力を入れる両腕よりも指先の方が痛くなってし まいました。
私は途中少しだけですが稲木に稲を干す作業もさせて頂きました。どんどん干していくにつれて稲木が稲の束で埋まっていくのを見ているとふつふつと満足感が わいてきました。また、稲の束は一つ一つ束の太さや、束ねているわらの締め方の強さなどが異なっており、今回参加した人の個性も感じられ面白かったです。
午後からは学校の階段あたりの草刈を行い、無心に草たちと戦うこと約1時間半で初めは見えなかった階段や学校のジャングルジムなどが現れてきました。前回 草刈りをされた時の大変さを聞いていたので、思ったより短時間でできたことに少し拍子抜けしたのと同時に、前回の作業があったからこそだと継続することの 大切さも感じられました。今回のイベントがまた次回につながってもらえればうれしいと思います。


世屋川の探検、続報!平成18年9月4日(月)

9月イベント「世屋川の探検~龍ヶ壺をめざして~」の報告をさせていただきま した。その探検から約1ヶ月後の9月4日(月)、我らが里山ネットワークメンバーの勇士、橋本さんと河嶋さんの2人が前回の探検では踏み込むのを断念した ゾーンへとさらなる探検を試みました。以下は、河嶋さんから届いた探検報告です。

世屋川の探検 河嶋 英一

9月4日下世屋で、橋本さんと二人世屋川の探検に出かけ、貴重な体験をしてきましたので報告します。
午前9時15分世屋地区公民館を出発して、下世屋集落の下流側から世屋川へ入りました。しばらく行くときれいな石垣積みの砂防ダムがあり、一部壊れていま した。その先にも砂防ダムがあり、ダムから古いコンクリート製の水路が山際を下流に向かって走っていました。これは、昔世屋川から下世屋へ引いていた農業 用水路で、途中地下を通っていて詰まったりして、管理が大変だったため使われなくなったということです。
川の雰囲気は最高で、水もとてもきれいでした。ダムの下で、落ち葉が漂っているのかと思って見ていましたが、どうもアマゴのようでした。このダムでは、アマゴもここから上流へは上がれないだろうと思って、二人でこのダムを『アマゴ堰』と名付けました。
今では使われなくなった松尾へ行く旧道に下川橋が掛かっています。この橋は宮津市に残る3つの眼鏡橋のひとつ、石積みアーチ型のとてもロマンチックな橋 で、橋の高さは約20m位あるそうです。眼鏡橋を通り過ぎて直ぐ右側には、松尾からの支流が10m前後の滝となって流れ落ちていました。
府道の開通に伴って昭和2年に『龍渓橋』が掛けられました。上流に『龍が壷』というのがあって、そこに大きな竜が棲んでいましたが、めったに姿を見せな かったそうです。ある時、竜がものすごい大きな音をたて、空高く昇って行ったのを見て、『竜消える橋』と名付けたのが、龍渓橋の名の始まりと言われていま す。その龍渓橋を間近に見ながら、最初の難所が現れました。大きな岩で川が塞がっていて、岩の下はかなり深くなっていました。両側は断崖絶壁で、手や足を 掛ける場所がありません。最初に橋本さんが挑戦し、途中まで岩にへばりついて行きましたが、手も足も滑って深い川の中に頭まではまってしまい、泳いで岩に たどり着き何とか岩の上へ上がることが出来ました。私は、途中の水の中に大きな石が見えたので、岩にへばりついてもうこれ以上行けないと思ったところで、 水の中の岩に跳び移りました。深さがどの位あるのか分からなかったので少し不安でしたが、幸い胸の高さ位で、そこから何とか岩の上へ上がりました。川から 見上げると橋桁が赤く塗られ赤く見える龍渓橋は、高さ約30m位だそうですが、もっとありそうに見えます。橋の下を過ぎて行くと川の幅がだんだん狭くな り、両側の断崖絶壁が迫って来て、無言の圧力を感じるようになりました。両側の岩は、水面から2m前後のところまでシダやコケなどがほとんど付いてなかっ たので、「ここまではよく水が着くのだろう」と話しながら、今は渇水期で水が少ないからここまで来られた感じがしました。

宮津市に残る3つの眼鏡橋の
ひとつ下川橋

龍渓橋より少し上流の最大の難所

龍渓橋を真上に見て、いつも橋の上から眺めていた風景を思い起こしながら進み、いよいよ最大の難所と思われるところにやって来ました。大きな岩が川の真ん 中を塞いでいて、両側から滝のように水が流れていました。岩の手前10m位に近づくと川幅は1.5m~2m位になって、水も胸の高さまで来ました。そこか ら橋本さんに挑戦してもらいましたが、少し泳いだところで足がまったく着かないほど深くなったので、その状態で岩を登るのは困難と判断して、ここで断念す ることにしました。その先には、8月5日に里山ネットの皆と行った岩場が見えていましたので非常に残念でした。
この日は真夏日を思わせるような天気でしたが、この場所は薄暗く日も当たらなくて、水から上がるととても寒かったです。
下流から川を昇るのは困難なことが分かりましたが、「上流からならザイルを使って下れるだろう。また次回有志で挑戦しよう!」と話をして帰って来ました。 帰りは眼鏡橋の少し下流から松尾へ行く旧道へ上がって、公民館に着いたら午前11時10分でした。


「柿をめぐる地域文化を学ぶワークショップ」を開催しました!平成18年9月3日(日)


柿をめぐる地域文化を学ぶワークショップでは、先人の知恵、柿渋づくりを学びました。今回が初参加の梅田さんと一井さんによるイベント報告と感想です。一井さんは、現在大阪の大学生ですが、小学生の頃に家族で上世屋に住んでいた経験があるそうです。

京丹後市 梅田友紀

今回、初めて里山ネットワーク世谷のイベントへ参加しました。当日は、青空が広がり気持ちよく晴れた一日でした。昔から上世谷に伝わる柿渋づくりを上世屋 に住んでおられる小川達雄さん千鶴子さんご夫婦に教わりました。まず、千鶴子さんと渋柿を“ぶーたん”の近くの柿の木に取りに行きました。その柿の木は川 沿いにあり、3m以上はある立派なものでした。側の草むらの中で蛇を見つけ、マムシでないかどうか心配したりもしましたが、普段家の近くでは見かけなく なったアゲハチョウの姿も見られ嬉しくなりました。はさみ竹とはしごを使って、そして、木登りの得意な参加者が木に登って、相談しながら必要な分だけ渋柿 を取りました。柿に含まれるタンニンとその他の成分のバランスが一番いいこの時期(9月3日くらいまで)が、柿渋をつくるために適した時期なのだそうで す。渋柿を取り終えた後、“ぶーたん”に戻り、柿のヘタ取り作業をしました。ビニール糸をヘタと実の間に巻きつけて、糸をひっぱり、実からヘタを外し取り ました。昔はこの糸も、地元でとれる藤糸を使っていたそうです。ヘタを取る時、包丁ではなく糸を使うことで、実を無駄にすることなくヘタを取り除くことが できるということを知り、ここでもまた生活の知恵に「なるほど…」と感心させられました。ヘタを取った渋柿を木槌でたたき砕き、壷へ入れ、入れた渋柿が浸 るくらいまで水を入れ、3日ほど置き、布で濾すと柿渋の出来上がりです。今日は壷の中に仕込むまでの作業を行いました。

 昼食後、すでに用意をしてもらっていた柿渋を使って、“はりこ”つくり(「ぶーたん」の屋根裏にしまわれていたという籠の補強)と染色を楽しみました。 柿渋の独特のにおいに慣れるまで少し時間が必要でしたが、出来上がりを想像しながら時間を忘れて作業に没頭しました。籠の穴のあいた所に柿渋を塗り、適当 な大きさに切った紙(古い障子紙など)を貼りつけ、布などで押さえると、籠の補修ができ、これを繰り返すことで籠の補強にもなるそうです。塗られた柿渋の 色は時間と共に濃く変化し、味わいのある籠となります。
三橋先生がおしゃっておられた「“はりこ”つくりは単にモノを繰り返し使うだけでなく、繰り返し使うことでそのモノの価値を高めることのできるリサイクル の方法である」ということを実感しました。また、柿渋つくり、“はりこ”つくりをすることは自分の役割りであったと、淡々とつくり方を教えてくださる千鶴 子さんの『当たり前のことをしている』という姿がとても印象的でした。私にも出来るかもしれない!来年はぜひ、家の渋柿を使って柿渋つくりに挑戦してみた いと思いました。 

 

関西学院大学 一井恵
9月3日、柿渋づくりに参加しました。恥ずかしながら、私は『柿渋』というものを知らなかったので、参加する前から「柿渋ってどんなものだろう」と思って楽しみにしていました。
「ぶーたん」に集合し、まず、講師である小川千鶴子さんに柿のヘタの取り方や柿のつぶし方などを、見本を見せてもらいながら説明していただきました。その あと、実際に柿渋づくりに使用する柿をみんなで取りに行きました。長い竹竿を使って高いところの柿を取りました。私も挑戦しましたが、なかなかうまく枝に 引っ掛けて取ることができました。男性陣は木に登ってたくさん柿の実を落としてくれました。柿渋に使用される渋柿は、普段食べている柿よりもずいぶん小さ く、色も緑色のものでした。その後、ぶーたんに戻り柿渋づくり。ヘタを取るのは思ったより力がいって、コツもかなり必要で、私は千鶴子さんのようにうまく できませんでした。とても難しかったです。
お昼ごはんを食べたあとは、既成の柿渋を使って、はりこの製作を行ないました。私は柿渋の茶色?赤?っぽい色に驚きました。赤い柿を使ったわけでも、水以 外の何かを入れたわけでもないのに、自然にあんな色になるんですね。発酵させているため、匂いも銀杏のようなきつい匂いがしましたが、だんだんその匂いに も慣れてきて、気づいたら夢中で紙をいっぱい貼っていました。どれも1つ1つ違うものに仕上がって、とても味わいがありました。これから何十年かかかって 色が馴染んでいくというのは、とても楽しみです。
今回参加して、昔の人の知恵に改めて感心するとともに、これらの技術が伝承されずだんだん減っていくのはとても寂しくもったいないことだと強く感じまし た。今回のワークショップのように、若い人やなじみのない人にも知ってもらったり体験してもらえる機会が増えればいいなと思いました。
個人的には、12年ぶりに小川達雄さん千鶴子さんご夫婦にお会いできたこともすごく嬉しかったです。
↑持ち帰った柿渋染めの手ぬぐいです。どんな模様に染まっているか紐をほどく時ワクワクしました。お話にもあったように、濃く染まっているところは固く丈夫になっていました。


京都府立大学人間環境科学研究科 藤井咲紀
 今回の柿渋づくり講習会では、地域の人が講師になり、博物館の陳列品観覧とは違う、ライブな地域文化の学習&体験をしてもらえるようにと準備してきまし た。当日は多くの人に新鮮な体験だったと言って頂きとてもうれしく思っています。参加者の皆さん、ありがとうございました。

「世屋川の探検~龍ヶ壺をめざして~」を開催しました!平成18年8月5日(土)

龍ヶ壺はまさに世屋地区の「秘境」!!その探検の報告です

京丹後市 芝原 淳
 普段、何気なく通りすぎている橋、ここが今回の活動の場だった。今回の企画を知った時でさえ、「あの橋、あの谷、そんなに魅力的だっただろうか??」と 思うほど、気にも留めたことも無い場所であった。活動は、午前中にほとんど終わる短時間の企画であったが、世屋の自然の魅力を満喫できる、充実した活動で あった。
 朝、世屋地区公民館に集合し、皆それぞれに沢に入る準備をした。目指す橋まではさほどの距離も無いので、準備運動がてら皆で歩いて橋へ向かった。小一時 間で橋に着いたのだが、30mほどの何の変哲も無い橋であった。しかし、川を見下ろすと、「深い」。橋から山手は切り立った崖に草木が生い茂った美しい 谷。早速、谷底まで降りた。
樹々が乗り出し、水が滴り落ちる崖は、壁のように目の前にそびえ、その上に空が小さかった。川幅 は4,5mほどで非常に狭く、勢いよく水が流れていた。こんな小さな川がこのような崖を刻むのだから、時と水の流れが持つ力は本当に計り知れないものであ る。川沿いにはギボウシ、ウワバミソウなどが涼しそうに茂り、覆いかぶさる頭上の樹々の葉は昼の光に透けていた。圧迫するような谷ではあるが、本当に気持 ちの良い谷であった。話によると、この川には龍が棲んでおり、上流部の龍ヶ壺(りゅうがつぼ)から龍が天に舞昇ったという。このような話ができても不思議 はないと感じた。今回の活動を通じ、改めて世屋の自然の素晴らしさを体感した。日本海気候の山間地の厳しい自然を活かし共に生きる知恵・伝統、その中で創 られてきた景観。世屋地区は、文化的にも景観的にも魅力的な場所である。都市部の方には是非この自然・文化の素晴らしさを体験し、地域に息づく知恵を知 り、その維持・保全の意義を感じてほしいと思う。また、地域の方には、自然と自分たちの生活の相互関係により形成された景観、文化の魅力に気づいてほしい と思う。午前だけの企画ではあったが、充実した日を過ごせたことに感謝する。企画の方、本当にありがとうございました。

「草刈りワークショップ&里山案内人講座」を開催しました!平成18年7月2日(日)

 7月2日(日)に「草刈りワークショップ&里山案内人講座」が開催されました。今回の里山案内人講座のテー マは里山の「放置竹林」。講師には、京都大学大学院の柴田昌三先生をお迎えしました。前日の1日(土)には世屋地区公民館において、柴田先生による講演会 が行われました。以下はその報告です。

「なんで竹は悪者になったのか、竹をもう一度見直しませんか?」(梅本悦二)

 昨年は有害鳥獣、そして今年は放置竹林。やはり地域の皆さんはどう対処すればいいのか悩んでおられ関心をもって参加して下さいました。
 早速、先生は「貴重な資源として有効活用されている海外の竹事情」を映写して見せられた。中国では日本の杉産地のように山々全体が竹林。竹のないヨー ロッパでは庭園観賞として。東南アジアと同じようにコロンビアなど南米においても竹が建築的にも活用されていました。
 私の実家の蔵にあった資料によれば、昭和9年頃この世屋においても竹が売買(貴重な収入源)されており様々な形で使用されていました。漁礁などの浮き、 桶の輪、籠、土壁下地、樋、稲木、物干竿、茶道具や物差しや傘の柄など生活にかかせない様々な部分で使われていました。しかし昭和30年頃からプラスチッ ク製品の普及や中国からの生産輸入で国内竹の消費が急激に落ちて行きました。さらに高齢化などによる農耕地の放棄、松食い虫や酸性雨で弱った林などが瞬く 間に竹林となり、地域景観が様変わりし集落全体が竹に飲み込まれそうな危機感があります。竹は大きくマダケ・ハチク・モウソウの3つに分けられ、中でもモ ウソウは中国からの帰化植物でおおぶり、広葉樹などを駆逐し精力的に拡大を続けています。マダケは100年で枯れるといわれているが、切っても生える生命 力があり、竹を根絶やす特効薬は今だ分からないとのこと。竹林を(1)管理竹林(たけのこや活用する竹林)(2)放置竹林(管理放棄された竹林)(3)拡 大竹林(農耕放棄された水田などが竹林化した)の3つに分類しそれぞれを見直し対処することが重要だとのこと。確かに竹を使わない上に、集落際の田畑が耕 作放棄され、そこに竹が忍び込んできて手がつけられなくなっているのが現状だ。親が亡くなり都会に住む子供らが所有している土地が増えてさわりにくさが災 いしているが、有害鳥獣と同じく地域が一体となり対策を共有しなければ解決の道はないと思う。京都と大阪の境にある大山崎の山頂に拡大している竹林を、サ ントリーの職員がタケノコの段階で日がな一日蹴り倒した、ということを笑えない話として聞いた。
タケノコが毎日食卓にあがりだした時に作った句を思い出した。

 蹴折るしか 仕方なしやな 旬の筍

京都洛西とまでいかないものの、日が射し風を感じられるような竹林であってほしい。「手をかけるとか、あるものを使う」という自然な考えを先生は教えて下さったのだと思います。


続いて、「草刈りワークショップ&里山案内人講座」当日の報告です。今回は、2名から届きました。

(京都府立大学大学院  彦田祥子)
 
 雨の予報が見事に外れ、太陽まで出てきた。今日は地元でリクエストのあった場所の草刈り作業である。私はそのうちの1つ、小学校に上がる階段を担当し た。地元の方と立命館の学生さんたちと一緒に、まるで丘にしか見えないほどに草、草、草に覆われた階段を、一段一段丁寧に、鎌で刈っていく。周囲から草が 伸びて階段を覆ってしまっているのだとばかり思っていたら、階段に土がしっかりと張り付いており、その薄い土にびっしりと根を張ってたくさんの草がひしめ き合っているのでびっくりした。だから、刈るというよりも(土を)はがす、といった感じだった。当然ながらムカデや太いミミズがたくさん出てきて初めは 「うっ」と思ったが、作業が進むにつれてだんだんもとの階段が顔を出してくると、もっとがんばろうと思えた。最後には参加した全員で集合写真を撮れるほど にきれいになった階段が、草の生命力に負けないでしばらくは維持されてほしい。昼からは、柴田先生による里山案内人講座(タケのお話)で、ハチク、マダ ケ、モウソウチクの見分け方やササ葺き屋根に使うチマキザサの選び方を教えてもらい、また、タケのおいしい部分をみんなで実食した。私は普段、竹林拡大の 問題は耳にしていても、タケはタケ、といった感じで種類の違いや特性などを特に注意して考えることがないので、ほとんど知らないことだらけだった。これか らはきっと、タケを見つけたら無意識にまず節を数えて「これはマダケ!」と判別してしまいそうな気がする。タケという普段とは違った観点から世屋の自然を 考えることができて、有意義な午後を過ごせたと思う。



草刈作業と里山の「竹」 (河嶋 英一)
 7月2日(日)、上世屋の日置中学校世屋上分校跡で、私達の「里山ネットワーク世屋」とNPO「美しいふるさとを創る会」、ささぶき古民家の再生を行う 立命館大学の「丹後村おこし開発チーム」などが、地元の住民の方々とともに、荒れ放題になっていた学校正面の石段やのり面などの草刈作業を実施しました。
 正面石段の草刈では、草の根が10~15センチほどの厚さで張り巡らされており、かなり以前から手がつけられていない状態でした。鎌だけでは作業が進ま なくて、鍬、スコップ、牧場で使っているようなフォーク、レーキを使っての作業となりました。作業が進むに従って、石段がだんだんと広くなっていき、石段 の上や下の方から、頑固な草の根と勝負する掛け声が聞こえてきました。
 お昼は、世屋高原家族旅行村へ移動して、地元の方たちから差し入れしていただいた、おにぎりや缶ビールをいただきながら、参加者同士で交流を行いました。
 午後は、毎回楽しみにしています里山案内人講座で、今回のテーマは「竹」についてです。上世屋の集落内を歩きながら、京都大学の柴田昌三先生にお話をし ていただきました。上世屋を流れる川の中に、実際に竹パイプ(孟宗竹のようでした)が使われていました。鉄パイプが無い時代には、都でも上下水道などに、 竹パイプ(孟宗竹)が使われていたようですが、寿命は2年位だそうです。集落よりも少し高台に矢竹(ヤダケ)が見えました。矢竹は弓矢の矢に使われる竹 で、昔は、僧兵を抱えていたお寺や武家屋敷に植えてあったということです。上世屋でもその場所は、どうやら城跡のようだということでした。京丹後市の私の 住んでいるところでは、矢竹のことを「シノブダケ」と言っています。
 集落内の畑のキューリに、真竹の枝がついた手がしてありました。「これはツルがからみやすいからなのか?」とか「邪魔くさくて枝が残してある?」とか話 が出ていましたが、「アサガオには枝がいらないだろうし、ヒゲがあるものは、枝があった方がよいのでは?」、「トマトには、穴が開いたらこまるので枝が じゃまになる」など面白い話が出ました。
 途中、真竹のタケノコを採って生で食べましたが、何とも苦い。別名は苦竹(ニガタケ)と先生にお聞きし、納得していました。
 笹葺屋根の葺き替えをするなら、葺き替えに使うチマキザサは、一年前に刈り取りをして、新しいチマキザサが生える準備をしておかないと、使える笹が取れ ないということです。チマキザサは、冬、雪の下で倒れている間に、途中から上を向いた枝が出てきて、屋根を葺くには都合の悪い笹になってしまうので、冬を 越さない1年までのチマキザサが必要だということです。里山の自然について、上世屋を歩きながら考えることができた一日でした。

 

「棚田の田植え体験」を開催しました!平成18年5月28日(日)

5月28日(日)には、田植えのイベントが行われました。上世屋で棚田の保全について研究をしているメンバーの大岸万里子さんからの報告です。

田植え作業に参加して

 予報が怪しく、天候が心配されましたが、すっかりいいお天気に恵まれました。21名の参加者は、揃って田植え用の長靴を履き、元気に田に向かいました。 今回は、紙マルチを敷きながら指で穴を開け、苗を植えてゆくという方法で田植えをしました。この方法だと、雑草の繁殖を抑えられるメリットがあります。 シートをうまく敷き詰められるようにあらかじめ田の形状を掴んでから計画的に敷き始めることが重要です。シートの両側から10cmほど空けて一列に4つの 穴を開け、2~3本の苗をとり、第一関節より下まで埋まる程度に植えてゆきます。自分で踏んだ穴が影響しないよう、苗と苗の間を歩くように気をつけながら 後ろ向きで進んでゆきます。また、風で飛ばないようにシートを押さえて土と密着させることも大切です。
 説明を受け、いざ開始。シートを田の形状に合わせて微妙にカーブさせながら敷いてゆくのが非常に難しかったです。端のシートに沿って次のシートも敷いて ゆくので、みなのチームワークが求められます。慣れてくると、ペースも上がり、夢中でひたすら植え、気が付いたら田の端まで来ていました。カーブしている 田は、その後にシートを隙間の形状に合わせて切り取り、うまく埋めてゆく丁寧な作業がありました。おいしく豪華なお弁当を頂き、パワーも充電されたからか 予想以上に作業が順調に進み、予定していた4枚の田に3枚加えて植えてゆきました。
 終わってみて初めて気づいた腰の痛さ。かつてはこの作業を数日間続けていたわけで、手植えの大変さを思いました。こうした努力があって今までこの上世屋の棚田が維持されてきたことを痛感しました。
 田んぼの土は、ぬるくて軟らかく、手足を付けているとまるで地球にさわっているような感覚になりました。作業をしながら話も弾み、のどかなカエルや鳥の 鳴き声、水の音を聞き、すっかり心もリフレッシュされました。もっともっと多くの人にこうした作業の魅力を体験してもらいつつ、場の提供などを通じて、今 後の棚田の維持につなげてゆけるような形を考えてゆきたいと思います。(京都大学大学院 大岸万里子)

 

「春の里山探検ハイキング」を開催しました!平成18年4月29日(土)

本年度も大ブナを探し求める探検ツアーが4月29日(土)に催されました。今回は、宝塚から生駒さん父子が初参加してくれました。以下は、初めてイベントに参加しての感想です。

春の里山探検ハイキングに参加して

 2006年から里山ネットワーク世屋に入会させて頂き、初めての親子参加でしたので、少々緊張気味に集合場所をスタート致しました。
 最初は、林道を歩きながら自然に触れてのんびりといったイメージでしたが、途中から道無き道を散策というよりまさに登山という感じで、ガイド役の梅本さ んに付いていくことで精一杯でした。山歩きの原則である尾根伝いをひたすら歩き続け、気が付いたら山頂へ到着していたという有様で、廻りを見る余裕すらあ りませんでした。ただ、今回はGPS(全地球測位システム)機を持参されての探検ですので、心強い限りでした。とにかく、そこで食べたオニギリとメンバー の方から頂戴した味噌汁は最高でした。午後からは、少しは廻りを見る余裕ができ、幾らかの植物をデジカメに収めることはできましたが、新しいブナの木は発 見できなくて残念でした。昨年発見された3m以上の幹の太さであったブナは、さらに成長してより逞しくなっているようでした。わずか6時間の里山ハイキン グでしたが、世屋の生態系に少しでも触れることができ、森林総研の奥さん達の地道な学術的調査活動が里山の森林保全を可能にすることを感じ、大変有意義な 一日を親子と過ごすことができました。有難うございました。(生駒誠司)

山に登って・・・
  
 僕は今日初めて山に登りました。登る前は「きっと楽に登れる」と思っていたけれども登ってみるとものすごくたいへんでしんどかった。でもお弁当がおいし く感じることができました。それから僕は何回も、何回も転んでとうとうくつ下に穴があいてしまいました。だから足はキズだらけで痛かった。山登りは本当に 本当につらかったけれどすごく楽しかったです。来年の山登りでは、もっと大きなブナの木を見つけられるようになりたいです。だからそれまで体をきたえま す。
 次の田植えの時はできたら友達を連れていきます。案内ありがとうございました。(生駒誠吾)

「ぶー丹」中二階の改修&掃除をしていただきました!平成18年4月2日(日)

会員の梅本さん、飯尾さん、小川(雅)さん、橋本さんご夫妻、小林さん、、龍太郎くんが、ホコリと格闘しながら中二階をきれいにしてくださいました!また前日には飯尾グループの若者たちが雪囲いをはずしてくれました。
 おかげさまで、春からの里山ネットワーク世屋の活動に向けた準備が整いました。ありがとうございました

「ばい投げ」を開催しました!平成18年2月26日(日)

昨年に引き続き、「ばい投げ」に挑戦しました。お2人の初参加の方からの報告です。

京都府立大学 森 智香
 2月26日(日)に行われた「バイ投げ」に初めて参加しました。私は、上世屋に訪れたのも初めてだったので、見るもの聞くことすべてが新鮮でした。
 この冬は雪が大変多かったようで、拠点施設の「ぶーたん」の前も屋根の高さまで雪が積もってしまい、前日に雪かきをして、やっと中に入ることができました。
 まず初めに、「ぶーたん」にて、講師の藤原さんからバイ投げとはどういうものか説明していただきました。昔のバイ投げの様子、実際にウサギを捕らえた時 の様子などがどんなものだったか、それまではあまりイメージができていなかったのですが、藤原さんの熱意のこもったお話を聞いてから、なるほどそういうも のかと理解できるようになりました。
 お話の後、バイ投げに使う「バイ」を実際に作りました。材料は松の枝で、太い枝を軸にして葉のついた枝をいくつか束ねて形を整えました。さすが藤原さん は慣れた手つきでさっさと一つ見本を作ってくれました。私も習って一つ作ってみましたが、やはり思うようにきれいには作れませんでした。
 準備ができたところで、バイ投げをするのにふさわしい山へ移動しました。藤原さんと学生二名が雪の中に入り、私たちはそれを道路から見学するかたちにな りました。まず、ウサギがいる場所を遠くから見つけます。今回は、ある木を設定してそこにウサギがいるとしました。二人はウサギがいる場所の後方にまわっ ていくので、一人はその場に残って、正しくねらいを定められるように合図をおくります。雪の中にいる3人の様子は真剣そのもので、見ているほうもじっと静 かに見入ってしまいました。そして、ウサギのいる穴の位置を確認できたところでバイを投げ、その後一気に投げた穴へ走り穴の周辺を踏みつけてふさぎます。 それがもう一瞬のことで、その速さに驚きました。とてもリアルな「バイ投げ」の再現でした。もしあの場所に本当にウサギがいたらきっと捕らえられていたと 思います。ずっと緊張しながら見ていたので、終わったときはなんだかほっとしました。
 その後は、ぶーたんに戻り、参加者のみんなで「ペンション自給自足」お手製のお弁当をいただきながら、簡単な自己紹介をしました。今回のイベントは参加 者も多く、さまざまな人がこの上世屋に関心をもっているんだなぁと思いました。そして、上世屋の現状についてもいろいろ知り、今後里山ネットワーク世屋が 関わっていくことの難しさなども考えさせられました。普段の私の生活とはまったく違った環境でこのような体験をして、とても勉強になったので、参加してみ てよかったなと思いました。

穴に向かって突進!

京都府立大学 川口明子
 まずはじめに藤原さんという方からバイ投げについて説明していただきました。ウサギを捕獲する、ということが目的なのはもちろんですが、バイ投げという 方法は3人以上で協力して行わないといけないので、村の和を保つためのコミュニケーションとしての役割も果たしていたようです。
 その後実際にバイ(松の木の枝を集めて真ん中を括ったもの)をみんなでつくり、バイ投げをしに出かけました。今回は狩猟期間を過ぎており、時期的にもウ サギを探すのは困難であるので、ウサギは捕獲せずに野外でのデモンストレーションという形で行いました。実践する3人はかんじきを履いて、1人は合図を送 る役、あとの2人は捕獲する役です。捕獲する人はバイを持ってウサギの眠る穴に近づき、合図がでたらバイを5本ほど続けて投げ、すぐに穴まで走って穴をふ さぎます。バイを投げると天敵のタカやトンビが襲いかかってきたかと思うようなヒュウッという音がするそうです。私は遠くから見ていたのでその音は聞こえ ませんでしたが、捕獲する役をしていた方に後で尋ねてみると、上手に作れたバイを投げた時には本当にそんな音が聞こえたそうです。今回は、実際にはウサギ を捕まえませんでしたが、それでも実践している最中はとても緊張感があり、見ている方々も静かに見守っていました。こんなに集中して一生懸命行うのだか ら、ウサギが捕獲できたらすごく嬉しいだろうと思いました。

●この日は青木さんより鹿肉、井之本さんよりビールの差し入れがありました。
とっても美味しくいただきました。ありがとうございました。

 

「台風1年後のブナ林をみる」を開催しました!平成17年11月10日(木)

昨年の23号台風では、大木のブナが折れたり根返りをしたりして、大きな被害を受けました。今回は高山周辺の被害状況を見て歩きました。報告は野村聖さんからです。

 青く晴れ渡る秋晴れの中で、「台風一年後のブナ林を見る」観 察会に参加させていただきました。近くに長く住んでいたのにブナ林を訪れたのは初めてです。急な階段で尾根筋まで登ると後はなだらかな道です。広い観察道 が整備されていて驚きました。歩いていながら感じたことは、森が明るい!ということ。もうほとんどの葉が落ちているからかもしれませんが、落葉樹の林なら ではだと思いました。また紅葉もきれいで何処を見てもすばらしい景色が広がっています。日本海もちらりと見えました。
 観察をしながら進みましたが、秋ということで木々にも実りを多く発見しました。アズキナシやヒメリンゴを食べ、食感・味を楽しみました。他にもそのつど 名前を教えてもらったのですが、メモしてないので忘れました。何度も見て触って感じたものでないと覚えられないなと改めて感じました。
 高山の頂上からは旅行村、遥か遠くに太鼓山の風車が見えました。風もなく風車も止まっていました。そこで、この上世屋・内山地域に広がるブナ林の特徴な どを紹介していただきました。普通は、海抜700mほどから生えるブナが、この地域では450mあたりから広がっています。その理由として日本海特有の雪 の多い気象状況があげられます。 ブナ・ミズナラを優占種とする生態系について学びました。昨年の台風23号は大きなブナも倒していて、驚きました。根っこから倒されているブナを見ると、 幹の太さのわりに根は細く、あまり深く張っていないようで意外でした。その辺りには、ブナのみがたくさん落ちていて、拾いながら歩いていくという状態に。 今年は成り年だそうです。どんぐりなどは見るとどうしても拾いたくなるので、ポケットがいっぱいに・・・。(拾ったブナの実ですが、後日炒ったその実を友 達が「うまい!」と殻ごと食べてました)                  
  大ブナまで行ってから折り返し、急な階段を下ってブナハウスの方へ。 天橋立を望める道です。美しいブナ林の内山 道の両側ではブナの太さが違うことに気づきます。木材として使うために残しておいた太いブナと、パルプにする のに一斉に伐り、その後に生えてきた細いブナ林だそうです。森が人々の暮らしと密接に関わりあっていたことが感じられます。
 内山ブナハウスで昼食とり、帰りは違う道を歩きました。台風の影響で地すべりが起き、更地になっている所を何ヶ所か通り、尾根筋を戻ります。途中、先頭 を歩いておられた方たちが、逃げていくクマのおしりを見たらしいのですが、私も見たかった・・・。家族連れだったとのこ と。大型の生き物が生息できるということは豊かな森ではないかと思います。しかし、畑をしておられる方は獣害にお悩みだと思いますし、動物が里に下りてく ることはまた別の問題なのでしょうか。 以前は薪炭林として人々に利用されていたブナ林。今は、稀少な森林として保全されていて私たちが楽しむことができます。 天気もよく、とても気持ちいいブナ林歩きでした。また春、夏なども訪れたいなと思っています。皆さん、ありがとうございました。(京都精華大学 野村  聖)

世屋地区運動会・収穫祭に参加しました!平成17年11月6日(日)

世屋地区での運動会・収穫祭に参加しました。昨年は台風23号の影響で開催が見送られましたので、2年ぶりの開催となりました。報告は大岸万里子さんからです。

11月6日(日)、雨天が心配されましたが、行事自体は体育館内での開催ということで無事開催され、地区の参加者もたくさんいました。
 運動会は、上世屋・下世屋チームの白組と、畑・木子・松尾チームの赤組で実施されました。種目も十分に工夫されており、ダルマをかぶってのリレーや魚釣 りゲーム、バランスレース、たる転がし、ホールインワンリレー等、高齢の方でも参加されやすい種目が準備されていました。運動神経の鈍い私も十分に楽しま せていただきました。みている方々も熱心に応援されており、場が一体となって盛り上がりました。最後の玉入れで赤組が白組に大差で逆転勝利し、皆でわっと 喜びました。休憩時には温かい豚汁やカレー、栗おこわ等が振舞われ、楽しくいただきました。
 午後の収穫祭では、立派なキウイや白菜、ダイコン、レンコン等の丹精こめて作られたお野菜が並べられました。農家の方々にとっても地区の方々に評価して もらえる貴重な機会だと思いました。さらに即売会では手作りのお酒やバッグ等も並べられました。

 雨天でありながら多くの方が参加され、非常にわくわくする運動会・収穫祭でした。年々高齢化や参加の準備が重荷となり、容易な開催とはならないとのこと でしたが、実際に参加してみるととても素晴らしい印象を得ました。来られる方が楽しめ、地区の方々と充実した時間を過ごすことができる機会。多くの方が顔 を合わせることができる機会。
 集落内での行事が簡略化され、減少していく中で、このような行事がこれからも何らかの形で行われてほしいと思いました。今後もこういった行事に積極的に参加していきたいです。

 

7月特別企画「動物による農業被害を防ぐ~現場での対策法」を開催しました!平成17年7月28日(木)~29日(金)

7月は特別企画として、滋賀県立大学の野間先生をおむかえしました。報告は堀内美緒さんからです。

里山ネットワーク7月イベント報告

 土用の丑とともに本格的に到来した夏の暑さの中で、二日間にわたって行われた7月のイベントは、獣害対策についてでした。ここ数年、世屋の農家にとって 大きな悩みの一つが、イノシシによる被害です。今回は、滋賀県立大で生態学を教えている野間先生を囲んで、世屋の農家の方々や京都府など行政の方々、里山 ネットワーク世屋の会員など様々な立場の人たちが一緒に対策について勉強し、話し合いました。
一日目はまず、イノシシの被害が大きい上世屋と松尾の田んぼを実際に歩いてみました。ちょうど草刈の時期で、畦はきれいに刈り払われ、青々と稲が成長して いました。多くの田んぼはイノシシから作物を守るために、ぐるりを電気柵で二重三重に囲われていました。しかし、野間先生によると、電気柵よりトタン板の 柵の方がイノシシ対策には効果があるのだそうです。電気がビリッとくるぐらいでは剛毛のイノシシは破って入ってきてしまうとのこと。さらに、よ~く田んぼ まわりを観察すると、イノシシの来た痕跡があちこちに残されていました。休耕田では、イノシシが餌を求めて豪快に掘り返した痕もたくさん見られましたし、 田んぼのすぐ横の林の中では、イノシシが泥を浴びる「ヌタバ」もありました。
世屋のイノシシ被害の現状を見て回った後には、下世屋公民館で野間先生の講演会があり、これまで取り組んでこられた獣害対策の研究からいろいろな事例を紹 介してくださいました。例えば、田んぼ周辺のやぶを伐採したら、田んぼへ入ってくるイノシシが減ったこと。これは伐採跡地のほうに山菜や木の新芽などイノ シシが好む植物が生えてきたためと、イノシシが隠れる場所がなくなったため、田んぼへ入ってこなくなるようです。他にも、里と山の境界を草地にして,羊を 放牧することでイノシシの被害が減った事例がありました。つまり、イノシシを積極的に捕獲し、柵で田んぼを守っていくのと同時に、「里の餌場価値を下げる こと」と「人が山の利用を続けていくこと」が肝心なのだそうです。人が山を利用するということは、つまり間伐不足の里山林の管理をきちんと行うこと。そし て間伐によってでてきた木はバイオマス利用につながり,さらに手を入れて明るくなった里山林は生物多様性を守ることにつながっていきます。このように、獣 害問題を解決するためには間伐不足など他の問題と連携していくことが肝要ということでした。
ところで、今回、世屋の農家の方々の口の端々から聞かれたのは、イノシシを捕獲するにしろ、田んぼを守るために堅固な柵で囲うにしろ、高齢の者ばかりでは 難しい・・・ということです。つまり、過疎や高齢化の進んだ世屋のような山間地域では、集落みんなでイノシシから里を守るための人手が不足していることが 何よりの問題だということが浮き上がってきました。そこで、野間先生曰く「人手がいるときに都会などから人手を集めて協力する体制を作っていくことが、里 山ネットワーク世屋というNPOが結成された意味ではないか」。獣害対策のためには、山間の高齢の「人」と都会の「人」をつなぐまさにネットワークの存在 が必要とされているのだと感じました。
二日目の午前中、世屋姫神社の上にある飯尾醸造さんの田んぼを見学した時のこと。田んぼの横には、マダケの竹やぶがあり、その中でイノシシとついでにウサ ギの糞を発見しました。竹の子はイノシシの好物で、しかも竹やぶは隠れ場になるので、竹や絡みついているクズはすぐにでも切るべき、とさっそく野間先生か らアドバイスがありました。一方で、マダケは世屋の伝統料理にも使われるおいしい素材でもあり、屋根を葺き替えるときに必要な材でもあります。マダケ以外 にも、例えば一日目に田んぼを歩く中でみんなの目を惹いたものに、放棄水田に生えていたミツガシワがありました。このミツガシワ、実は今では非常に貴重な 湿原植物なのです。この稀少な湿原植物を活かして、いろいろな湿原の花を観察する場所として放棄水田を活用するのはどうか。とは、野間先生の案です。
このように、「人」と「人」以外にも、利用されないまま世屋に存在している「モノ」とそれを貴重な材や資源として必要としてくれる「人」をつなぐことが大 切になってくるのではないでしょうか。人と人、人とモノをうまくつなぐ「ネットワーク」の役割を里山ネットワーク世屋がうまく果たせるかどうかが、獣害問 題の解決の鍵を握っている・・・とはちょっと言い過ぎでしょうか。でも少なくとも、世屋の場合、イノシシなど山の獣たちともう一度折り合って暮らしていく ことができることができるか否かが、人と自然が折り合う中で作られてきた世屋の風景や暮らしを後世に伝えていくことができるか否かにかかっている、という ことはいえると思います。世屋は今、その重要な分かれ道に立っているのだと強く感じた、二日間でした。

(京都大学大学院 堀内美緒)

ダケのふもと再生ワークショップを開催しました!平成17年6月26日(日)

世屋の野山に出かけてのワークショップを行いました。報告は藤井咲紀さんからです。

『ダケのふもと再生ワークショップ参加体験記』

6月26日(日)にダケ山のふもとにでかけて、ワークショップを行いました。
湿原チーム・山登りチーム・…などテーマを決めて、各々4?5人のグループごとに1時間半ほど野山を歩き、観察したことをまとめ発表するという内容です。 体力に自信のある私は、無謀にも山登りチームに志願。最大高低差100mのダケ山山頂の征服という!?、山登りチームのミッションをよく理解せず、普段着 に近い格好でかる?く参加してしまったのでありました。しかし、私たちを親しげに迎え入れてくれたはずのダケの散策道は、立ちはだかる壁そのもの。途中、 ササユリやイトトンボ、何十年に一回咲くと言う、ササの花など丹後の豊かな自然にじかに触れ、驚嘆の声をあげつつも、開始5分でみな無言という有様。「結 構キツいね」と、おじ様達は既にロープにつかまっております。日差しが照りつけ、真夏にクラブ活動で走らされた記憶が甦ります。あ?、ここはグラウンド か?そう思った瞬間やっと頂上が見えてきました。
なんということでしょう!
地上にこんな場所があるとは!遠く宮津湾を挟んで対岸や湾に浮かぶ島々が見渡せ、眼下には世屋の集落や田んぼの緑が彩りを添えています。
また、反対を向くとはるか彼方まで連なる山々が濃淡あざやかに映し出されます。まさに丹後のダイナミックな地形を一望できるすばらしいスポットです。頂上には今ひらいたばかりかというくらい美しいササユリが咲いていました。
そして、お茶をがぶがぶ飲みながら「これは苦労して登ってきた者だけに与えられる最高のご褒美だ!」とみんなで労をねぎらいました。
下りはもと来た道とは反対の、尾根づたいの緩やかな散策道を帰っていきました。その道イワガラミという植物の花が咲いていました。奥大先生の説明による と、樹木に巻きついて栄養を摂取し、最終的には木を絞め枯らしてしまう植物なんだそうです。樹木にとっては迷惑な植物ですが、イワガラミ自身も生きるため の術ゆえのこと。森の中にもいろいろな利害関係があるようです。その後も植物を見つけると、「これは何?、あれは何?」と大先生を質問攻めにしながら進ん でいきました。それにしても、植物に詳しい人が同行してくれると散策がぐっとおもしろくなるものです。前述のササも、普段は地下茎で増えるのが、花を咲か せるときだけいっせいに枯れて新しい株に生え変わるということを大先生に教えてもらいました。
新陳代謝というか、種が生き残っていく上でのうまい仕組みができているんだなと思ったりして、森の植物に親近感がわきました。ひとりで野山を歩いても植物 についてこれほど興味深く学習することはできません。また、植物を知ることを通してその植物を取り巻く森林の環境全体にも自然と考えが及びます。このよう な体験が、地域の自然環境への愛着や、地域の自然に触れることでやすらぎを感じるということへとつながっていくのだろうと感じました。今回調・観察したこ とは再度まとめなおして8月の収穫祭の際に展示しました。ダケの自然を共有し、今後散策に来る人に活用してもらえたらと思います。

(京都府立大学大学院 藤井咲紀)

NPO法人里山ネットワーク世屋がヒューマンかざぐるま賞を受賞!!平成17年5月29日(月)

この賞は、(財)京都オムロン地域協力基金が、地域の福祉活動や青少年育成活動、女性の社会参加・地位向上、ボランティア活動などを地道に長年続ける団 体を顕彰するものです。棚田での米作りや藤織をはじめ、ネットワークに参加するみなさんの継続的な活動による地域の再生、文化の継承が評価されての受賞で す。報告は飯尾理事長からです。

5月29日朝10時40分オムロン本社に着いてびっくりしました。受付に入っただけ で、厳かな雰囲気が伝わってきたからです。授賞式の式次第に目を通すと、それぞれ素晴らしい活動をされてきた個人、団体でした。来賓も京都府知事、京都市 長が名を連ねておられ(どちらも公務多忙で代理の部長が代読されましたが)ました。
 ヒューマン大賞は個人が3名、ヒューマンかざぐるま賞が3団体でした。個人の受賞者に日本人で最初にノーベル賞を受賞された故湯川秀樹博士の奥さんもお られました。車椅子に乗っておられ、95歳と言われましたが、とてもそのお年には見えず、お元気そうでした。事務局から受賞理由と推薦者の名前が報告さ れ、順番に表彰状、賞金目録、ブロンズ像が渡されました。里山ネットワーク世屋は最後の受賞者でした。


 引き続き懇親パーティが行われ、式典でスピーチをしなかった4名が順番に話すことになりました。私は最後でしたが雰囲気にのまれ、久しぶりに緊張し、思 いを十分伝えられなかったのが残念でした。スピーチをしないU本さん、Oさん、F町さん、N.Oさんはしっかりと食事をされていたようでしたが、私は握り 司3個と小さなケーキ1個だけ(時間がなくて)しか食べられませんでした。結果的に里山ネットワーク世屋は今後の活動に期待するという意味で賞をいただい たのだと考えております。推薦者の京都大学柴田昌三助教授、選考委員の方々に感謝ですが、責任がますます重くなったように思います。皆さん。楽しみながら 頑張って責任を果たしましょう。

 

「世屋の農作業体験&春の味覚を楽しむ」を開催しました!平成17年5月21日(土)~22日(日)

5月21日 (土)~22日(日)には、「世屋の農作業体験&春の味覚を楽しむ」を行いました。田植えに挑戦した後、地元の小川美枝子さんを講師に迎え、野草を摘みな がら散策しました。お昼の山菜料理もとてもおいしくいただきました!今年度からメンバーに加わった堀内美緒さんからの報告です。

新緑のみずみずしい皐月の午後,上世屋の棚田の一角にある飯尾醸造さんの田んぼで田植 えを体験させてもらいました。雑草も一緒に粗く土を起こしただけ(飯尾さん試みの木村農法)の水を張った田んぼに,手で苗を一歩一歩植えていきました。ず ぶの素人がいきなり自己流に植えるのだから,植えられた苗の列もご愛嬌。2列がいつのまにか1列になっていたり,後ろを振り返るとプロの野球投手もびっく りのカーブを描いていたり・・・。
 参加者がわいわいと植えているうちに,1時間半ほどであっという間に4枚の田んぼが植え終わりました。自然の気をたっぷりもらって,一仕事終たという充 実感で顔も晴れ晴れ。それに比べて,頼りなげな田んぼに植えられた苗たち。(無事に立派な稲穂に育ってね!)

田植えの様子

参加した皆で記念撮影

 田植え作業のあとは,飯尾さんが再生紙マルチ農法をされている田んぼの見学に行きました。再生紙マルチ農法とは雑草を押さえるために自然分解する紙を田 んぼに敷きながら田植え機で苗を植えていく,または,モミ種が最初からしこんである紙を敷くだけで稲が育つ,という少しでも楽に無農薬米を作るために編み 出された農法とのこと。一方,周りを見渡すと,草で茫々になっている田んぼを多く見かけました。「昔はあそこもあそこもず~っと田んぼだったんだよ。昔 あった田んぼを復活させたい。少なくとも今の田んぼは維持していきたい。」と飯尾社長。上世屋の棚田で,試行錯誤しながらお米づくりをされている飯尾社長 の熱く重みのある想いをその言葉に感じました。この想いが過去と現在と未来それぞれの世代とつながって上世屋のふるさとの景観は確かに受け継がれていくの だと,感動した藤の花香る皐月の夕方でした。

野草摘み


春のブナ林散策を開催しました!平成17年4月29日(金)

2005年度の第1回目のイベント「春のブナ林散策」が4月30日(土)に行われました。まさに、大発見、大満足の1日でした。以下、イベント初参加、大岸万里子さんからの報告です。

穏やかな朝、風呂桶並みのブナが世屋のどこかに林立しているという情報を確かめよう、 と出発しました。植物の名前などの知識を教えていただきながら、雨後のぬかるんだ斜面もみんなでわいわい助け合いながら進み、やがてすばらしく美しい滝と 出会いました。しばし見とれた後、元は田んぼとして使っていたと思われる土地で摘みたての山菜を頂きながらおいしい空気を満喫しました。しかしここからが 大変でした。ブナ林を求めて進むも、道らしい道もなく、ツルや枝を手繰り寄せながら無理矢理斜面をよじ登ってゆきました。歩けど歩けどたどり着かなくて、 疲れというよりは、なんとなくの不安が立ち込めてきたころ。・・・巨大ブナ発見!! 

風呂桶ブナ
本当に大きな樹で、胴回りもかなりの太さ。静かなところにドンと構える樹の雄大さと時の永久さに圧倒されました。その後も、尾根沿いに歩き続け、人がつけ た黄色い印を見つけたときは、どっと安堵感が出ました。ざくざく進み、最後に急斜面をすべりおりて、普通の道に着きました。普段は人が歩かない箇所を探索 できてとても貴重な体験になりました。世屋の自然のたくましさを感じました。もっともっと世屋のことが知りたくなりました。


世屋の米から世界の米へ~飯尾醸造見学会を開催しました!平成17年3月5日(土)

3月のイベントは、コミック「美味しんぼ」始めさまざまな雑誌で紹介されている「飯尾醸造」さんの見学会を行いました。参加された梅本さんの報告です。

「同業他社に出来ないこと、消費者や生産者の信頼を裏切らないこと」   
 
富士酢で名高い飯尾醸造(栗田湾にある小さな漁港のすぐそばの控え目な民家造り)を訪ねたのは、三月だと言うのにみぞれまじりのとても寒い日でした。
 ふつふつと 酵母湧き立つ 寒の蔵「うちの酢は大手メーカーより高いが、見て頂けた方は皆さん理解して下さる」と、飯尾社長が全ての工程を案内して下さいました。
 酢の工程は酒造り、酢造り、熟成の大きく3つに分かれます。酒蔵は由良にあり、由良ヶ岳の伏流水と世屋高原などで取れた無農薬米を75%~85%まで精 米して造られる。冬は凍らないよう電気あんかやムシロで温度管理しながら約1.5ヶ月かけて酢の材料となる酒を造る。 酢蔵は栗田にある、深い樽の表部にムシロと板で隙間をつくり空気と触れるところで酒に含まれるアルコールが約3.5ヶ月かけて酢に変わっていく。
 それを移し変え熟成樽で約8ヶ月。 手間をかけて当たり前でなく素材を生かし、いかに評価されるお酢を造るかにこだわる。
 それだけにひとつひとつの素材・工程が欠けては困る、という気持ちがひしひしと伝わってくる。こだわりの中の信頼、雪やブナのしずくで実る世屋高原の無農薬米にこだわって下さる意味が、よく理解出来た見学でした。


人と動物①~地域文化に学ぶ~を開催しました!平成17年2月19日(土)

平成17年度最初のイベントは、「バイナゲ」でした。

バイナゲとは?

…空中にものを投げて、ノウサギを威嚇し、穴に逃げ込んだノウサギを手づかみで捕らえる猟法。かつて丹後地方の山間部で、「バイナゲ」あるいは「バイドリ」と呼ばれて行われていた。

…ノウサギは、斜面の日の当る曲がった木の根元近くに眠っています。ウサギに気づかれないように近づいて、バイ(二股の木に末の枝をくくりつけたもの)を 5つ用意し、天敵のタカやトンビが襲いかかってきたかと思わせるように続けざまにバイを空中に投げ上げる。バイは、ヒューヒューと風を切ってうなり声を発 する。その音に驚いてノウサギは実をひっくり返し、木の根元の隠れ穴に一目散に逃げ込む。間髪いれず雪穴めがけて走りより、すばやく周辺を踏みつけて逃げ 道をふさぐ。テンズキ(木製の除雪具)で、穴を慎重に掘り進み、、ノウサギの後ろ足を探りだし、両足を掴んで引っ張り出す。時間をかけすぎるとノウサギは 雪穴を掘り進み、別の木の根元までたどり着いてヒョコンと飛び出し逃げてしまう。

…このバイナゲは午前10時から午後3時くらいまで、節分までが猟期にあたる。節分を過ぎるとウサギは発情期を迎え、敏感に行動するために追いかけるのが難しくなるという。

以上、資料「聞き書き:成谷のバイナゲ(ウサギ威嚇猟) 話者:藤原昭氏」(Y.I作成)より、抜粋


当日は「ぶー丹」にて、講師・藤原さんから、成谷の昔の様子、炭焼きを始められたきっかけに始まり、バイナゲの方法、道具の作 り方、実際にウサギを捕まえられたときの様子などをお話いただきました。「ウサギと知恵比べをして、いかにしてうまく捕まえるのかを考えるのは非常に面白 い体験だった」と話されました。「一人でウサギをうまく捕まえたときは、天下を取ったような気分だった」と生き生きと話される様子が印象的でした。

続いて、松を使ってバイづくり。これがなかなか難しく、なかなか藤原さんのようにいきません。持ち手が必要だったり、投げてしまうからって見栄えもどうでもいいわけではありません。良いのを作れば、何度でも使えるそうです。(松葉はは枯れにくいので)

なんとか、7~8本のバイができましたので、お昼いただいて、いざ、山へ。

時期も悪く、大勢で向かうので、残念ながらウサギは足跡しかみられませんでしたが、折角なので実践してみようという事になりました。フケ湿原に近い場所 で、会員2名が代表で、藤原さんの指導のもと、かんじきをはいて雪中へ。ウサギの寝ている木を設定して、「バイを持って近づき、投げたらすぐに穴へ走って 穴をふさぐ」流れを体験させていただきました。実際、かんじきをはいてすばやく動くのは至難の業で、参加した会員は何度も雪に足を取られていました。バイ を投げるのもなかなか思う方向に飛ばず、聞くとやるのでは大違いでした。

今年は残念ながら、ウサギには出会えませんでしたが、来年もこの企画は続けていきたいと思います。(ウサギが捕れるまで!)

(報告:管理人N)


ウサギは捕まらなかったはずですが…?(防寒具です。)

藤原先生のお手本。すばやくウサギ穴を防ぎます。

 

シンポジウムを開催しました!        平成16年11月13日(土)

第一部:現地体験講座
 お天気が心配されましたが、幸い持ち直しました。参加者30名は、集落の棚田や銚子の滝などを散策し、よく手入れされた美しい集落の風景に感動されていました。



第二部:公開シンポジウム
 みやづ歴史の館文化ホールには80数名の方にお集まりいただきました。きょうとNPOセンターの深尾さんは、他のご予定をキャンセルされてまで、応援に 駆けつけていただき、里地里山の分野だけに関わらず、広い分野で活躍されているNPOのお話や、これからの可能性について、おもしろいエピソードを交えつ つお話いただけました。丹後からの報告でも、多士済済の演者をお招きしました。日置中学校の先生で、作家でもいらっしゃる瀬尾まいこさんには、宮津に始め てきたときに感じた体験や、中学生と一緒に上世屋を回られた時のお話など、先生としての視点、作家としての視点を交えつつお話していただきました。また上 世屋出身の小川信一朗さんは、幼い頃の思い出を語っていただき、ふるさとを思う歌まで、ご披露していただきました。その歌声に、会場中が聞き入っていまし た。緑のふるさと協力隊の田中亜由子さんは、都会から丹後(弥栄町野間)にボランティアスタッフとして入られた方で、里山に暮らす人たちとの交流の様子 を、率直に語っていただきました。京都府立大学の深町さんには、いま世屋周辺で始まっている事、これからの展望について研究者の立場から紹介していただき ました。


深尾さんによる基調講演

会場の様子

小川さんの歌声に会場が聞きほれました。


また、会場のロビーでは、今回のシンポジウムにご後援いただいている様々な団体さんの活動を紹介するパネルや、世屋の産物を紹介する展示を行いました。世屋の棚田で無農薬で栽培したお米の試食、お米で作ったお酢(紫芋酢!)の試飲コーナーも設けられました。


第三部:公開講座
 下世屋の世屋地区公民館には、19時からという遅い時間にも関わらず、世屋の住民の方々中心に30名が集まりました。滋賀県立大の野間さんを講師に、各 地での獣害対策の取り組みをスライドを中心にお話いただきました。会場からは、これからの獣害対策についてさまざまな意見が出されました。

(報告:管理人N)

ササ刈りボランティアに参加しました!        平成16年9月24日(金)~25(土)

立命館大学の丹後村おこし開発チーム主催の、ササ刈りボランティアに、会員2名が参加しました。これは上世屋の農林漁業体験実習棟を、ササ葺きで復元して活用していこうというプロジェクトです。
当日は大学生を中心に40名以上が、鎌を手にヤマに入りました。
今回は、昔から上世屋のカヤ場であったダケ山のふもと、現在遊歩道が設置されている山すそで刈り取りました。2日間でおよそ60束のササを収穫しました。 来月も週末を利用して刈り取りを行うようです。葺き替えは10月23日あたりに予定しているとか。楽しみです。


実習棟で説明を受ける。
束ね方も上世屋のおばあさん仕込み。
ダケにはまっすぐなササが多い。

刈り組と選別組に分かれて作業。

 

「世屋の民家探訪」を開講しました!          平成16年9月12日(日)

①丹後の家づくり
 世屋の歴史・文化の話に始まり、世屋の民家の特徴や身近な材料をうまく活用して家を建ててきた先人の知恵について、地元在住の建築士さんからお話をお聞きしました。

②丹後のカヤ葺き民家~その伝承、再生、保存、蘇生に向けて~   
 丹後のカヤ葺き(ササ葺き)民家の維持管理の方法から、カヤ葺き家屋減少の過程、新たな利活用の可能性について、昨年まで上世屋のササ葺き集落を研究していた方によって紹介された。
③地場材を活かした家づくり(梅本邸にて:14時~16時)
 地場材を活かした「たんご杉の家」の取り組みとして、「たんご杉の家」のモデルハウス童仙建築工房にて見学と講義を受けた。


民家の材をみわける。
昔ながらの屋根裏を見学する。

里山案内人講座が開講しました!          平成16年8月8日(日)

テーマ:「樹木の名前を知ろう」
 上世屋のセミナーハウス(仮称)で、第一回の里山案内人講座を開講しました。
記念すべき一回目の講義ということで、森林総研の奥氏を講師に、樹木のみかたから、標本の作り方までを
学習しました。


メンバー6名に、そのお友達2名が集まりました。

このセミナーハウス(仮称)の柱はブナだそうです。木目の見方についてもちょっとお勉強。

宮津満喫ウォークに参加しました!         平成16年8月8日(日)

宮津市世屋公民館主催の満喫ウォークに参加しました。

日置中学校の全生徒始め、地元の方から、遠くは大阪の方まで、総勢100名近くの参加がありました。里山ネットワーク世屋からも、10名ほどが参加しました。
・ブナ林探索コース:講師/森林総合研究所研究官 深町氏・奥氏

中学生達と世屋の自然と文化についてのお話を聞きながら歩きます。
木子近くにきれいなブナ林を見つけました。(地元おすまいのHさんに教えてもらいました。)


棚田での田植え教室を実施しました!          平成16年5月16日(日)

上世屋の棚田において、「NPO法人丹後の自然を守る会」が主催する田植え教室に、協賛という形で参加しました。
 当日はこども12名、大人15名が参加しました。

 朝からあいにくの雨でしたが、こどもたちは、元気にはだしで泥の中に飛び込みました。

まずは苗の持ち方から。
できるかな?
上世屋のおばあちゃんも先生に。
「もっとこっちだよ~」
あと少しです。
(ちょっと列が曲がっているかな…?)


さて、その後の稲の成長ぶりはどうでしょうか。追跡取材しています。

やや稲の間隔が広いのが気になります‥。(6月20日撮影)
頑張って育て!(6月20日撮影)
周辺の田圃に比べるとやや背が低いながらすくすく育っていました。
(8月8日撮影)
9月。
上世屋は稲刈りの季節を迎えました。
この日の午前中に、子ども達が集まって稲刈りをしたそうです。
管理人はちょっと?着くのが遅く、現場を見られませんでした‥。
(9月12日撮影)
こどもたちの手でハサキに干された稲。お味のほうはどうでしょうか。

「里山ネットワーク世屋」の設立総会           平成15年12月12日(金)

上世屋公民館にて「里山ネットワーク世屋」の設立総会を開きました。

理事をはじめ地元住民らが集まり、なごやかな雰囲気の中行われました。




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